村山浩【バドミントン】の経歴と学歴!結婚した嫁(妻)や子供・家族は?

 

東京パラリンピック2020大会が、いよいよ開催されますね!

厳しい出場条件をクリアした選手たちのプロフィールが気になるところです。

そこで今回は、バドミントン・村山浩選手の経歴と学歴(出身高校・大学)、妻や子供・家族などを見ていきたいと思います。

スポンサーリンク

村山浩のプロフィールと経歴

 

名前:村山浩(むらやまひろし)

生年月日:1974年3月25日

年齢:47歳

出身地:千葉県千葉市

座右の銘:「楽」 競技、日常生活など全てに楽しくありたい。

所属:パシフィック車いすバドミントン・SMBCグリーンサービス株式会社

出場種目:バドミントン男子ダブルス(車いすWH)

 

村山浩選手は、34 歳のある朝突然、10万人に1人がかかるという運動神経が侵される難病の「慢性炎症性脱髄性多発神経炎」を発症し、車いす生活になってしまったという。

村山選手の場合は、何の前触れもなく突然の発症で、現在も腰から下は少しは動くものの、立ちあがったり歩行することはできないそうです。

 

趣味だった野球もできなくなり、新たな生きがいを探していた中、家族が楽しんでいたバドミントンを共にプレーするうちに、本格的に競技を始めます。

競技を始めたばかりは思うようにいかず、悔しさを感じていました。

しかし、悔しさと同時にもっとうまくなりたいと思うようにもなりました。

 

現在は、地元千葉で自身が所属するバドミントンチーム「パシフィック」の代表を務め、競技の裾野を広げる活動も積極的に行っているという。

主な戦績

村山浩選手の主な成績は、次のとおりです。

2016年:パラバドミントンインターナショナル コロンビア・シングルス 金/ダブルス ベスト8/ミックスダブルス ベスト8

2017年:パラバドミントンインターナショナル ペルー・シングルス 銀/ダブルス 金/ミックスダブルス 銅

2017年:日本障がい者バドミントン選手権大会・シングルス 3位/ダブルス 優勝

2018年:パラバドミントンインターナショナル ブラジル・シングルス 金/ダブルス 金/ミックスダブルス 金

(引用:SMBC)

 

最も印象に残っている大会は、2016年のパラバドミントンインターナショナル コロンビアだそうです。

WH1クラスのシングルス準決勝で、日本の選手との対戦で、その方はずっと目標にしてきた選手で、それまで国内で対戦しても全く歯が立たなかったそうです。

 

しかし、国際大会という大舞台で初めて勝つことができ、そのまま優勝できたそうです。

そのクラスで日本人初の優勝で、喜びも大きかったが、それ以上に目標にしてきた選手と対戦して勝てたことが本当にうれしかったという。

 

村山浩の学歴(出身小学校・中学・高校・大学)

村山浩選手の出身小学校は、幸町第一小学校です。

学歴について公表されているのはこれ以外にありませんでした。

しかし、千葉県出身であり、現在も千葉に在住していることから、中学校や高校は近隣の可能性が高いですね。

村山浩の家族・嫁(妻)や子供は

村山浩選手の家族構成は、奥さんとお子さん2人の4人家族です。

村山選手の病気が発症した当時は34歳で、2人の子供はまだ幼く、家のローンもあり、今後の生活を考えると不安しかなかったそうです。

そんなとき自分の支えになったのは、家族の存在だという。

 

入院時には家族で面会に来てくれて、無邪気にはしゃぐ子供たちや、「命に関わる病気ではないから良かったね」とあっけらかんに言う朗らかな妻と接しているうちに、家族のために頑張らなきゃいけない、という気持ちが徐々に強くなったそうです。

不安な時に心のよりどころとなるのは、やはり家族の存在ですね~

特に奥さんの朗らかさが、安心感となったのでしょうね。

 

スポンサーリンク

 

村山浩のまとめ

今回は、バドミントン・村山浩選手の経歴と学歴(出身高校・大学)、妻や子供・家族などを見てきました。

村山浩選手は、千葉県千葉市生まれの47歳

34 歳のある朝突然に、10万人に1人がかかるという難病の「慢性炎症性脱髄性多発神経炎」を発症し、車いす生活になってしまいました。

新たな生きがいを探している中、家族が楽しんでいたバドミントンを本格的に始めます。

思うようにプレイできない悔しさをバネに、国際大会にも優勝するなど、実力を遺憾なく発揮し、多くの大会で好成績を残しています。

現在は自身が所属するバドミントンチーム「パシフィック」の代表を務めていますね。

東京パラリンピックでも、最大限に実力を発揮してもらいたいですね!