山本篤【パラ陸上】の経歴と学歴!事故や結婚した嫁や子供・家族は

 

東京パラリンピック2020大会が、いよいよ開催されますね!

厳しい出場条件をクリアした選手たちのプロフィールが気になるところです。

そこで今回は、パラ陸上・山本篤選手の経歴と学歴(出身高校・大学)、事故や嫁・子供・家族などについて見ていきたいと思います。

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山本篤のプロフィールと経歴・戦績

 

名前:山本篤(やまもとあつし)

生年月日:1982年4月19日

年齢:39歳

出身地:静岡県掛川市

身長:167cm

体重:59kg

出場種目:陸上男子走り幅跳び(義足T63)

 

山本篤選手は、スポーツが好きで、小学校の頃は野球、中学校ではバレーボールをしていたそうです。

掛川西高等学校に進学し、バレーボール部に所属し、垂直跳びで 1m を超えるジャンプ力を持っていました。

しかし2000年3月、高校2年生の春休みにスクーターで事故を起こし、左脛骨を粉砕骨折してしまいます

入院後に壊死が始まり、手術で左足を大腿から切断して失いました。

 

その後、義足を作ったことで興味を持った、義肢装具士を目指します。

高校卒業後、名古屋の日本聴能言語福祉学院義肢装具学科に入学し、当時学生として在籍していた義足スポーツ研究者の稲葉氏から陸上競技を勧められ、競技を始める。

本格的に競技に打ち込むため、2004年大阪体育大体育学部に進学する。

2008年、スズキ株式会社に入社し、スズキ浜松アスリートクラブに所属、同年の北京パラリンピックから3大会連続出場を果たしています。

主なパラリンピックの成績

2008年北京パラリンピック

・男子走り幅跳び(F42-44) 銀メダル・男子100m(T42) 5位

2012年ロンドンパラリンピック

・男子走り幅跳び(F42-44) 5位・男子100m(T42) 6位・男子200m(T42) 8位

2016年リオパラリンピック

・男子走り幅跳び 銀メダル・男子4×100mリレー(T42-47) 銅メダル・男子100m(T42) 7位

 

障がいの原因は事故!

山本篤選手の障がいの原因となったのは、高校二年生のときの事故でした。

山本選手は、その日風邪薬を飲んでおり、バイクを運転中眠気をもよおし、カーブで転倒してガードレールに足が衝突してしまいました。

救急車で病院に運ばれましたが、即入院することになったそうです。

 

自身では、「骨折はしているだろうな」と思っていたら、足の色がどんどん悪くなり、先生から「壊死してきていますね。お父さんとお母さん、切断していいですか?」と突然言われたそうです。

さすがにびっくりしたでしょう。

でも、先生にお任せするしかないという、決断の早さがよかったようで、手術は成功したそうです。

山本篤の学歴(出身高校・大学)

山本篤選手の出身高校は、県立掛川西高等学校です。

出身大学は、大阪体育大学体育学部です。

 

山本選手は高校卒業後、義肢装具士の資格を取るため、名古屋の日本聴能言語福祉学院義肢装具学科に入学し、国家資格を取得し、就職も決まっていた。

しかし、パラリンピックを目標に陸上競技を続けることを決め、スポーツ推薦で大阪体育大学体育学部に入学しています。

すでに就職も決まっていますから、普通ならその道に進むところですよね。

山本選手の、この決断と強い意志が、今日の記録を作っているのですね!

山本篤の家族・嫁(妻)・子供

山本篤選手の奥さんや、子供さんについて見ていきたいと思います。

山本選手は結婚されており、奥さんの名前は山本幸子(やまもとさちこ)さんと言います。

職業は、小学校の教員だそうです。

お子さんは「駿汰(しゅんた)」くんと言い、2018年3月に誕生していますから、現在3歳半くらいになりますね。

山本篤選手は、奥さんと息子さんの3人家族ですね。

とても仲がよさそうです。

 

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山本篤の経歴・学歴まとめ

今回は、パラ陸上・山本篤選手の経歴と学歴(出身高校・大学)、事故や嫁・子供・家族などについて見てきました。

山本篤選手は静岡県掛川市生まれの39歳

しかし高校2年生の春休みにスクーターで事故を起こし、左脛骨を粉砕骨折し、壊死のため左足を切断することに。

その後、義肢装具士を目指し、専門校で資格を取得

就職も決まっていましたが、パラ陸上を続けるために大阪体育大学へ入学しています。

強靭な意志と体力で、北京パラリンピックから東京パラリンピックの4大会連続出場を決めています。

ぜひ東京パラリンピックでも、実力を発揮してもらいたいですね!!

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